澄み切った空気。清らかな水。温度差の少ない気候。南アルプスの山ふところに抱かれた、日本一人口の少ない町、山梨県南巨摩郡早川町。奈良田の里温泉、湯島の湯、草塩温泉、七面山、雨畑、赤沢など、早川町の魅力を伝えます。早川ZAIDAN


早川を感じる、味わう

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早川町の手作り特産品

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恋紫2015 完売m(__)m

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山ぶどう100%濃縮還元 販売再開!

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H27/11/14放送の「にじいろジーン」でポポアイスが紹介されました。

キャンプ場運営管理移行について

早川町高住の堤防内で断層露頭が新たに見つかった。

早川町の見どころ(ミドコロ)

早川町の四季

きれいな空気と水の恵で早川町は生きている

山梨県南巨摩郡に位置するここ早川町は、私たちの心に懐かしさを思い起こされる原風景が今でも残る美しいまちです。

日本一人口の少ない町ながら、自然と人々が長い年月を重ねて守ってきた早川の自然と景観、そしてここに暮らす人々は、かけがえのない日本の財産です。標高3000mの南アルプスの山々に抱かれたふるさとのまち早川を訪ねると、きっとあなたの心の琴線に響くことでしょう。

早川に住む芸術家

伝統的な匠から新風を吹き込む現代までものづくりは息づく

大自然に魅了された芸術家が棲みつくまち早川

木工房淳司の依田修(赤沢在住)の蝿帳(ハイチョウ)は、今は見かける事の少なくなった日本古来の生活用品。ギャラリーオゴン(保在住)の渕上照生は、早川の古木材を使って動植物緒の生命エネルギーを表現。カナイ樹美(保在住)は、16世紀に発明されたルネラリックで有名なパード・ド・ヴェールのガラス技法を用いて自然界の感動をガラスで表現。板面庵うらべの浦邊義明(保在住)はステンドグラスで町鳥のヤマセミなどの作品を制作。工房HANZOU足立洋史(大原野在住)は木版画作家。陶芸陶房煌知久村真代(薬袋在住)は、食器、花器、照明等の作品を制作。能面師能玄の館久村哲生(薬袋在住)、流木アートの木道楽上村林生(新倉在住)、ステンドグラス作家の浦邊三枝子(保在住)、岳龍窯とくり米山久志(雨畑在住)、硯匠庵 (雨畑)の硯職人望月玉泉

工房やギャラリーでは、芸術家が自ら指導する体験制作も行っています。随時ご紹介していきます。

早川のあたたかいひとたち

赤沢、奈良田、語り継がれる歴史と伝説

講中宿として有名な赤沢集落(重要伝統的建造物群保存地区)は江戸時代より集落全戸が望月性を名乗っていました。旧家には七面山開創にまつわる伝承や古文献が数多く残され、武田氏家臣団の末裔であったなど歴史と伝説に彩られています。中性集落の面影が早川の自然環境と一体になって、遥かな時の流れを超えて今に息づいています。

奈良王(孝謙天皇)伝説によると「第46代孝謙天皇は聖武帝の皇女であった。生来健康に優れないせいもあって神仏に祈請し病の快癒を祈願されていたが、ある時夢に老翁が現れて”甲斐の国巨摩郡早川庄湯島郷に効験あらたかな霊湯がある、いけば必ず癒る”という神託を受けられた・・・奈良田滞在され温泉に入浴されること二句にして病は全快されたが、この地をこよなく愛され甲斐四郡の他で一村一郡とし、山代群奈良田村と称しておよそ8年間ここに御遷居された」とのことです。

女帝が病を癒され御衣を洗われたといわれる霊泉が奈良田の里温泉の泉源です。

早川町のつり橋

つり橋百景

100ほどのつり橋がある早川町。

その昔は道路が整備されていなかったため、集落と行き来する手段は主に吊り橋が頼りでした。
今では道路が整備されたため、使われていないつり橋も多く、渡れる橋は以前より少なくなってきました。

橋を渡る時のドキドキ感は、昔も今も変わらないかもしれませんね。

◆渡れるつり橋:
久田子下橋(大島集落)
硯匠庵横のつり橋(馬場・雨畑湖、硯匠庵裏)
近野橋(本村・雨畑湖)
都橋(保集落)
ヤマセミ橋(野鳥公園
下湯島橋(下湯島集落)
からまつ橋(西山温泉集落)
塩見橋(奈良田集落・奈良田湖)